わんぱくキッズクリニック(静岡県浜松市)|未来へ、子どもと歩むクリニックです。

わんぱくキッズクリニック(静岡県浜松市)|未来へ、子どもと歩むクリニックです。

イラスト:少年

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診療時間

9:00~12:00
13:30~17:00

(休診日)日曜日、祝日、水・土曜日午後
一般診察一般診察・予防接種・乳幼児健診
▲予防接種・健診・慢性外来

イラスト

アイコン:わんぱくキッズクリニックについて わんぱくキッズクリニックについて

わんぱくキッズクリニックホーム/わんぱくキッズクリニックについて

スタッフ全員で子どもたちを育む
地域のクリニックを目指します。

これからの小児科医は病気になった子どもの診療だけでなく、健康な子ども達の発達・発育を手助けするために積極的に地域に参加すべきと考え、2004年10月に小児保健部門(健診・予防接種・育児相談)を併設した、わんぱくキッズクリニックを開院しました。

地域の皆様に支えていただき、2022年10月、わんぱくキッズクリニックは18歳を迎えることができました。一人の子どもが成人になる日まで見届けることができたことは、小児科医にとって最高の喜びです。
「子育ては親育て」そして、医療者も子どもたちから学び、より進化します。

わんぱくキッズクリニックは、これからも一人ひとりの子どもに真摯に向き合い、学び、一緒に育っていきたいと願っています。

病気の治療から育児支援まで、スタッフ全員で子どもたちを育む地域のクリニックを目指します。
木
イラスト:ペンギン
イラスト:コアラ

スタッフ紹介

イラスト
イラスト:少年

院長

野田昌代(Masayo Noda)

経歴

  • 奈良県立医科大学卒業
  • 名古屋市立大学小児科入局
  • 浜松での病院勤務 聖隷浜松病院小児科、聖隷三方原病小児科
  • 2004年月わんぱくキッズクリニック開設・院長

資格

  • 日本小児科学会認定小児科専門医
  • 日本小児科医会地域総合小児医療認定医・指導医 、子どもの心相談医
  • 日本医師会認定産業医
院長 野田昌代
イラスト:イルカ

名誉院長

野田 恒夫(Tsuneo Noda)

略歴

  • 1986年7月 奈良県立医科大学産婦人科講師
  • 2000年4月 聖隷三方原病院副院長
  • 2007年1月 医療法人社団聖母会理事長(クリニックミズソフィア院長)
  • 2023年1月 TN Medical Solution 代表取締役
  • 2023年1月 わんぱくキッズクリニック名誉院長

資格

  • 日本産婦人科学会認定医
  • 日本医師会認定産業医
  • 日本医師会健康スポーツ医
院長 野田恒夫

大学では婦人科がんを中心に研究・手術に明け暮れ、がん関連学会の専門医を経て、2007年から地域医療への一歩を踏み出しました。AYA世代のがんである子宮頸がん撲滅に向けてHPVワクチンの啓蒙活動、女性活躍社会へのサポート、多くの教育現場での思春期教室などを実践してきました。
この経験をさらに活かし、思春期から大人に向かっていく子どもたちへの心身両面でのケアを通して、輝ける未来を子どもたちと共に創造していきたいと思っています。

活動履歴はこちら

非常勤医師

代謝・内分泌、免疫・アレルギー、腎臓、神経・発達、血液・腫瘍の専門医が定期診療を行い、必要に応じて専門病院との連携を行っています。

低身長肥満・検尿異常・夜尿症・発達の心配・思春期の月経相談・HPVワクチン・アスリート外来・食物アレルギー・気管支喘息・花粉症・アトピー性皮膚炎等

スタッフ紹介

看護師(PAE)・看護師(CAI)・保健師(CAI)・管理栄養士(CAI)・防災士・チャイルドシート指導員

当院の看護師、栄養士は、全員、PAE資格もしくはCAI資格を有しています。食事やスキンケアの相談は、お声かけください。
PAE:日本小児臨床アレルギー学会のアレルギー疾患の専門家として認められた看護師
CAI:アレルギー専門知識を有し、指導スキルを兼ね備えた看護師・管理栄養士

イラスト:猫

隠れ名誉院長

堀江 和生さん(享年56歳)

院長 野田昌代

院長の弟、ダウン症
母が大切に育ててきた和生さん。

悪性リンパ腫のため亡くなる年の夏、ホスピスで過ごしながら、体調の良い時は、わんぱくキッズの一室でパソコンを触り、スタッフに声をかけられニコニコしていた和生さん。

病状も進んでいた8月の暑い日、わんぱくキッズ主催のチャイルドシート講習会では、スタッフのネームプレートをつけ、とびっきりの笑顔で、受付、カメラマン、準備作業と手伝ってくれましたね。
仕事を得て、生き生きとした笑顔は忘れられません。

そして夏の終わりに、「パソコンも好きだし、もっと頑張りたかったのに」と言ってあなたは旅立っていきました。
あなたの好きだったパソコンは、今も「和生さん」と呼ばれ、診療に役立っています。

障害があるからと、病気だからと、限界をつけているのは、私たち周囲でした。
もっとわかりあえたのに、もっとできることがあったはずだったのに、この後悔は私から一生消える事はありません。
この思いを胸に、子ども一人ひとりと真摯に向き合っていきたいと思っています。
子どもの輝かしい未来に向けて、少しでもお手伝いが出来るように。

隠れ名誉院長、高い空からわんぱくキッズを見守ってくださいね。

文:野田昌代

イラスト:リス
イラスト

院内紹介

わんぱくキッズクリニックは、
訪れる子どもたちとお母さんが「体だけでなく心から元気になれる」
そんな医院をコンセプトに開院しました。
病気のときだけでなく、子どもの成長や健康もサポートできる
医院としてご来院いただければ幸いです。

待合室

待合室

吹き抜けの天井の青空に、ふわふわと白い雲が浮かんでいます。その青空に向かって「げん樹(元気)」というリンゴの樹の壁画があり、かわいい動物たちが顔を出しています。

元気の樹

元気の樹

元気の樹はわんぱくキッズクリニックの待合室の壁いっぱいに描かれた壁画です。初めて医院に来る子どもたちやお母さんたちの「わぁっ」という驚きの声や、スタッフたちの笑顔を誘います。
木の実を見るだけで元気になるように…、そんな祈りが皆さんに届きますように。
壁画制作:Marty

キッズスペース

キッズスペース

子どもたちが待ち時間も楽しく過ごせるよう、キッズスペースを用意しています。

「元気の樹」誕生エピソード木

はじめに

1

サンタの格好

2

オーストラリアからの
留学生

3

クリスマスイヴ

4

私はサンタになった

5

サンタの声

6

老人の目から涙

7

壁画の話

8

「りんごの木」の依頼

1

サンタの格好

若い頃、何気なく見ていたテレビのニュース、街角の話題。ボランティアのおじさんがサンタの格好をして幼稚園の子どもたちに小さなプレゼントを配っていた。
ボ~ッと「子どもたちは本当に喜んでんのかなぁ。いい事をした!と大人が自己満足してるだけじゃないのかなぁ…」と思った事があった。

時は流れ、私は2人の子どもに恵まれた。世間並みに親ばかで、出張でアメリカに行った時、私にしてみればたいそうりっぱなサンタ用の銀髪かつらと髭セットをみやげにした。が小さな私に合うサイズのサンタ服がなかった為、なんとマント付きのすごいのを手作りで仕上げてしまった。サンタが誰であるのかまだ知らない我が子達の前でサンタになり上機嫌の私だった。

2

オーストラリアからの留学生

ひょんな事から知り合いになったオーストラリアからの留学生。まだ高校一年生。彼は何故か私をいたく気に入ったらしく学校の帰りや休みの日、毎日のように私を訪ね、悩みや楽しみをうれしそうに語るのだった。
ある日、いつも現れる時間なのに一向に現れない。どうしたのかと、心配しているとホームステイ先の方から連絡があり盲腸になってしまい緊急で手術したとの事、会いたがっているので見舞っていやって欲しいと言う。
時はクリスマスイヴ。
私はしばらく考えた。思えば彼はまだ十五歳。ツッパッていてもまだまだ子ども。親元を離れ、たった一人で手術を受け、病室でどんなにも不安な事か。

3

クリスマスイヴ

しかも今日はクリスマスイヴだ。
思い切ってアノ服を着て元気付けようか。バカバカしいって笑うかなぁ。いやいやそんな奴じゃない。でも病院の人に「病院で不謹慎なっ!」と怒られるかなぁ…。

どうしても勇気の出ない私は一応サンタ服一式を持ち、プレゼントを持って病院に向かった。

白いベッドに横たわっていた彼。私の姿を見るやうれしそうに起き上がり、いきなり自分に降りかかった運命がどんなに劇的だったか、どんなに不安だったか一気に話しまくり、話し終わるころにはほっとしたのか、大きなため息をひとつ。
そして「クリスマス、楽しみだったのに」とポツンと言った。

4

私はサンタになった

決心した。
「勇気を持てっ!日本で一回だけのクリスマス。この子に淋しいクリスマスを過ごさせてはいけない。」
「ちょっと待ってて!」と言うと持参した大きな紙袋を抱えトイレに向かった。
そして私はサンタになった。
音程を外しながらもクリスマスソングを歌い廊下を歩いた。手には小さなプレゼント。私のへたくそな歌声が小さく廊下に響き一番奥の病室、やけに長い道のりだった。
その時の彼の顔ったらこれ以上うれしい顔はないってほど。そして彼はなんとナースコールを押してしまった。あわてて走ってきた看護師さんが「あっサンタだっ」と叫んだ。留学生君がサンタが見舞いに来てくれたので使い捨てカメラが欲しい旨を伝えると快く、しかも自分の分まで買って戻ってきた。
私は顔から火が出るほど恥ずかしかった。
その後ナースセンターに案内され、看護師さんがドクターに「サンタクロースが来てるんですっ」などと電話するものだから、もう私はどこかに隠れたくてしょうがなかった。
果たしてドクターはやってきた。…カメラ持参で。
一通り写真撮影が終わると、看護師長が言った。
「お願いがあるんですが。あのぉ、病室を回って頂くわけにはいきませんか?」

「私なんかが行ってもお邪魔なだけで、ご迷惑なだけでは…」
看護師長の強い依頼にしぶしぶ大部屋や個室へと。

5

サンタの声

そこに待っていたのは患者さんたちの暖かな目だった。いきなり現れたサンタに大喜びしてくれて、誰もが私に手を差し出すのだ。私は両手で痩せた手をさすり、「絶対、絶対良くなりますよ」と自信なさげにオドオドと答えた。
そして次々と。

「ねぇ、サンタさん、僕の病気治るよねっ?」かわいい男の子がすぐ前に飛んできて、そう尋ねた。
いい加減な事を言ってはいけない。と思いながら私は満面の笑みで「治るとも」と抱きしめた。
その声は私の声ではない。サンタの声に違いなかった。

6

老人の目から涙

看護師長さんが「この部屋が最後です。」
そこには寝たきりの老人が静かに横たわっていた。鼻から管が通っており、指一本動かないと言う。看護師長さんがその患者さんの耳元に大きな声で「サンタさん、来てくれたよっ!良かったねぇ!」
私はこのようにお年を召した方がサンタを喜ぶのか不安であったが、近づいて、両手を差し出した。老人の目が私を見ているような気がした。
しばらく時間が止まってしまったような静かな空間。

そしてその時、震えながらもその手が私に近づいてきた。
看護師長は「あっ、動いたっ!」とひどく驚き「動くわけないのにっ!ちょっとドクター呼びますっ」
その硬い手が私の手をしっかりと力強くとらえた。
老人の目から涙が一筋流れ落ちた。胸がつまった。

7

壁画の話

その帰り道、私は心の衝撃をずっと味わっていた。
自分は何も出来ないと思っていた。サンタって家族でなくてもこんなに喜んでくれるんだ。私自身は何も出来なくても勇気を持ってサンタになった事で少なくとも、今日会った人達は心から喜んでくれた。
私がやらなければ今日の皆の思い出も自分の思い出もなかったんだ。
キラキラと美しいたくさんの瞳。元気づけようとした私は、元気づけられていた。

そして名前も知らない人達の健康を真剣に心より祈ることが出来る自分を知った。

私は毎朝子どもたちにまとわりつかれ、幸せの香りの中で目を醒ましている。
やわらかく、かよわくも最高の宝物。この愛しく可愛い子どもたちが病魔に苦しむなんて想像できないほど恐い。

壁画の話がきた時、即答でお断りしようと思っていた。
だってそんな大役を自分がするなんて。もっと素晴らしい方が沢山いらっしゃるから自分がしなくても…。
でも私が描かない場合はプリントになると聞いてしまった。
又あの時と同じ。勇気がなくて…。このままで。何もしないで。
熱が出て苦しい子が。おなかが痛くて泣ける子が。
そんな子どもたちがほんの一瞬でもいい。「あっ、かわいいっ」って痛みを忘れる事が出来るかも。絵を見て一瞬でも痛みを忘れる事が出来たら。
そして子どもたちに笑顔が戻ったら。

8

「りんごの木」の依頼

「りんごの木」の依頼が来た。
アメリカではりんごを「医者いらず」と呼ぶ。一日一つりんごを食べれば医者はいらないと言う昔からの言葉だ。
素晴らしい依頼だ。
そうだ、どうせやるなら!

私はりんごの木をあえて、りんごの木のような伝説の木を描こう。
私の心の中にある伝説の木。
「げん木」と言う木。このげん木の木の実はそれを見るだけで元気になれるという。
そんな夢のような奇跡の木。

うまく描く事やきれいに描く事より私の使命は。

私の使命は一筆一筆、子どもたちが一秒でも早く元気になりますように。
子どもたちの痛みや苦しみが少しでも軽くなりますように。
心から祈りを込めて幸せの色を塗り重ねていくのだ。

私の力は微力かもしれない。でも勇気を出して踏み出せばどんなに微力でも何か役に立つかもしれない。
そして奇跡が起こる事を信じて。
祈りを込めて。

文:Marty

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